更新停止のお知らせ −ブログを引っ越します

  • 2013/10/31(木) 14:18:44

これまで当事務所のブログとして利用させていただいておりました、DTIブログのサービスが12月に停止する、とのことでしたので、こちらのブログの更新は2013年10月末をもって停止することにしました。
今後は別のブログサービスを利用して、当事務所のブログを継続して行きます。

新しいブログのURLは以下の通りです。
 http://takeaps.blog.fc2.com/

デザイン等もほとんどそのままで、過去の記事も載せてありますので、
引き続き、ご愛読いただけれれば幸いです。

今後とも、よろしくお願いいたします。

エイピーサクシード 代表 鈴木 雄久

第5福竜丸を見て思ったこと

  • 2012/07/18(水) 18:34:50

梅雨が明けていきなりの猛暑。たまらん暑さですね。
皆様、熱中症には十分にご注意を。
特にランニング等、屋外の運動では水分補給が欠かせませんね。

さて、先週の日曜(7/15;海の日の3連休の中日)、第4回スバルザカップというヨットレースに参加するために夢の島ヨットハーバーに行ってました。
残念ながら、レースは強風のため、中止となってしまい、手持ちぶさたになってしまったので、夢の島公園に展示してある、第5福竜丸を見てきました。
(展示に関する詳しいことはこちら。 入場無料です。)
ご存じの通り、第五福竜丸とはビキニ環礁での水爆実験で被爆したマグロ漁船です。
恥ずかしながら、実物を見るのは初めてでした。



展示を見て、いろいろと感じ、考えさせられました。
・終戦直後、不足するタンパク質を国民に供給する、という使命感を持って、
 木造船で太平洋の真ん中までマグロを捕りに行っていた漁師に対する敬意
・不運にも被爆してしまった方々の苦しみ
・その後、しばらくは放射線が検出されたマグロが「原子マグロ」と呼ばれ
 廃棄され、それとともに、風評で魚屋さんが経営不振で苦しんだこと。
etc.



見終わって、一番思ったことは、結局、第五福竜丸の教訓は何も活かされていないのではないかということ。
福島原発事故、それによる被爆、風評被害。同じ事が繰り返されている、という印象が強かったです。

では、教訓を活かすためにはどうしたらよいのか?
ことある度に記憶を思い起こすような事をする以外にはないのでしょうね。
その意味ではこのような展示には意味があると思います。

福竜丸のホームページ(上記リンク)には「年間400校以上の小学校、中学校、そして高校などからの団体見学があります。」とありましたが、本当に見学が必要なのは、ともすれば目先の利益にとらわれ、このような悲劇を忘れ、過ちを繰り返してしまう、大人ではないかと思うのです。

今話題となっている「いじめ問題」もしかり。

「生涯学習」というよりも忘れてはいけないことを、都度思い起こし、記憶と決意を新たにする、という事が大事なのだと。

振り返る必要のないことは忘れてしまえばよいと思いますが、必要な事に関しては常にこのような振り返りが必要と思いました。

必要な振り返り、皆さんはできてますか?

震災ボランティア1日目

  • 2011/05/17(火) 09:30:58

GWが終わって1週間。有効に休みを過ごされましたでしょうか?
私は前回のブログを書いた後、急遽、意を決して、宮城県気仙沼市本吉町にボランティアに行って来ました。このときの様子を3回に分けて書きたいと思いますので、時間のあるときにでもゆっくり読んでみてください。

●GW突入直後、行くのをあきらめていた
 以前から、GWにはボランティアに行こうと考えていましたが、仙台のホテルも一杯で予約が取れなかった事もあり、漠然と、5月3-5日くらいで行こうかな、位でしか考えていませんでした。
それが、GW突入前後の報道でGWのボランティアはどこも一杯で受入を制限している、というニュースが流れていたので、ボランティアに行くのをあきらめてしまったのでした。まさかそんな状態になるとは夢にも思わなかったので、ちょっとショックでしたが、来るな、と言われているのに、迷惑顧みず行くこともなかろう、と何とか自分に言い聞かせていました。
 ところが、5月2日に宮城県大崎市に住む大学の後輩が、ボランティアに行って来たが、まだ足りない、とつぶやいて(Twitter)いたのをみて、それなら、ということで情報交換してみたところ、今回お手伝いに行った気仙沼市本吉町で募集しているところがあることがわかったので、急遽行くことに決めました。その他にも調べて見ると、制限している地域ももちろんありましたが、未だに足りない地域もあり、それぞれの地域で状況が異なるのだと改めて思い知らされた次第です。
と同時にマスコミの「ボランティアはどこも一杯」みたいな画一的な報道であきらめそうになった我が身を恥じました。後輩も「足りない地域もある」という各論もあわせて報道して欲しいと嘆いてました。

●行くと決めたものの不安一杯
 行くと決めたものの、災害ボランティアは今回が初めて。しかも全て自己責任で、食事、泊まるところも自分で準備するというのが基本。正直、不安だらけでした。車で行けば何とかなる、とは思う物の、それなりに費用もかかるし、タイヤも高速走行に耐えられるかどうか不安な状態。まさに不安だらけでした。それでも何とか気持ちを奮い立たせ、必要なものの買い出しを終えて家に帰る途中、近所の行きつけの床屋さんと話をしたところ、「2、3日だけなら行かない方がいい、って話も聞いたよ」といわれ、また心は揺れました。しかし、「実際の現場を見て、自分でできる事を考えたい」というもともとの決意を思い出し、何ができるかわからないが、とにかく行って、できる事をやって、その上で自分が何をすべきかを感じてこよう、と改めて決心し、行くことにしたのでした。
 それでも、正直、行きの車の途中はなにか吹っ切れない物があって、節電で暗い道路を走りながら何度か引き返そうかとも思いました。

●第一印象:「凄すぎてピンと来ない
 5月5日夜に東京を出発。途中のサービスエリアで仮眠を取りつつ、5月6日朝に現地入り。高速は福島県に入ったあたりから修復したような小さな段差があったものの、特に大きな問題もなく、高速をおりる若柳金成ICに到着。その後もしばらくは地震のあったことを思い起こさせるような光景はあまりなく、道路の路肩が崩れて片側通行になっている部分があるかな、程度でした。しかし、海辺に近づくにつれ、流木、壊れた車等が目に入るようになってきます。そして、ボランティア現場につく直前、川沿いの道路に出たところで、ついに何度もTVで見たような悲惨な光景が目に飛び込んできました。本当になにもないです。何もなさ過ぎて、実感が湧かない。しかし、ここにはたくさんの建物等があったはずなのだと、想像してみると、全くの平原になってしまっているこの光景は、目の当たりにすると驚きます。
本吉・津谷川周辺1 
ボランティアセンター近くの津谷川河口付近

はまセン近くのポスト 
ボランティアセンター近くのポスト

●作業開始!
 ボランティアセンターに到着後、ボランティア保険に加入し、受付を済ませた後は8時からのボランティアミーティングに参加しました。毎朝の作業要員を作業チームに振り分ける重要なミーティングです。ここで、その日初めて来た人が自己紹介をします。北海道から九州まで、本当に日本全国からやってきています。中には他所のボランティアセンターで仕事がなくなってここに移動してきた、という人がいて、驚くとともに複雑な感じがしました。
 自己紹介を終えると、各チームのリーダーが要員の募集をかけます。作業内容と聞いて、各ボランティアが自分でやりたい作業を行うチームに手を挙げて参加します。各リーダーはやはり内容がわかっている人を継続でお願いする事が多いのですが、基本、どの作業を行うかは個人の自由。初めての人は内容がわからないのでちょっと脇によけて、様子を見ながら参加するチームを決めることになります。私は自分で言うのもなんですが、体力にはそれなりに自身があったので、体力が必要、といわれたチームに参加することにしました。
 最後に、ボランティアセンターのセンター長からは「ここのボランティアセンターは他と異なり、住民の希望を極力叶える、という方針で運営しています。したがって、少々危険なことにもチャレンジしていますので、無理せず、安全に注意して作業を進めてください」との注意があり、作業開始です。
小泉浜ボランティアセンター 
小泉浜避難所・ボランティアセンター

この日、私の行った作業は
 午前:農機具の掘り起こし。半壊した小屋の取り壊しと中にあった物の片付け
 午後:家が流されてしまった跡地の片付け
    (瓦の回収、その他がれきの分別、倒木の切断、運搬)
といった所でした。片付けを行う中では、予想以上に思い出の品物が出てきます。写真、卒業文集 etc. 驚いたのは封が切られていないお酒も結構見つかりました。(この日見つけたお酒は、日本酒1、ウィスキー1、ワイン1)
後で聞いた話ですが、震災を乗り越えたお酒ということでオークションにかけ、売上は義援金として寄付される、とのことでした。
5/6am 作業現場 午前の現場

5/6pm 現場 午後の現場 津波で流された物が木に

 なお、昼食は避難所に送られた食料がボランティアにも配分され、しっかりとエネルギーチャージをする事ができました。これは予想外でした。お昼も自炊だと、時間が厳しいので、助かりました。ちなみに、1日目の昼食はカップラーメンとおにぎり。想像以上に体力を使っていたので、目一杯食べてしまいました。(笑)

●三食風呂付き
 ここのボランティアセンターはとても待遇がよく、住民の方々の協力で三食取ることが出来、おまけに風呂まで入ることができます。私がいたときは住民よりボランティアの方が多い位なので、時間帯によってはボランティア優先なんて場合もあり、感激です。応援に行っているのにもてなされている感じ。
お風呂の設置も現在事務局をやっているNPO法人が行ったとのこと。素晴らしい働きです。ありがたく、いただきました。ボランティアの作業は予想以上に重労働で、汗もかいたし、何よりも泥とホコリがすごい。風呂があるのは本当にありがたい。明日への労働意欲が増すというものです。
 サブロー&飛騨高山の湯

●1日目の終わりに
 風呂に入った後、時間も早いし、ということで不良ボランティアはビールの調達!(^o^)。片道約6キロを車で往復し、ビールにありつきます。不謹慎とは思いつつも、やっぱりうまい。ビールを飲みながら夕食を準備し、キャンプ気分で夕食。なかなかよい時間を過ごしました。ちなみに、夕食もボランティアセンターで用意されていましたが(この日の夕食はカレー)、なんとなく申し訳なくて、持参した食料で済ませました。(同じくカレーでしたが・・・)

 そして、この1日の終わりに考えたこと。
この日はボランティアが多かったせいか、あまり効率を考えての作業、という印象はありませんでした。(リーダーもどうせ時間がかかるから、ということで効率ということはあまり考えていなかったようです)
崩れた土砂の中から、思い出を1つ1つ丁寧に掘り出して行くには圧倒的に人数は必要でまだまだ足りないと感じましたが、それを行いつつも、必要な道具や機械を上手に導入して、効率化できる部分はもっと効率化できると感じました。例えば、倒木を片付けるためにそれを切断するチェーンソーとそれを使える人の投入など。
つまり、必要な部分にエキスパートを投入する事で効率があがり、ひいては早期の復興ににつながるのでは?と思いました。まあ、初期の段階から言われていたことですが・・・。
限られたリソースを最大限に有効に活用することが重要です。
みんながみんな、同じようなボランティア作業を行うことが正しいとは限りません。自分でできる事、得意なことをみんながそれぞれ、一生懸命行う事、これが本当に大事なんだと感じた1日でした。
また、この日、自分でできたこと、を考えて見ると、実はたいした事ができたわけではないとも感じました。でも、片付けは着実に進んでいる。みんなで力を合わせた成果であると強く感じました。個人の力は微々たる物ですが、これをあわせれば大きな力になる。被災地の人たちだけでは手に余る仕事をボランティアと力を合わせて行う事で成果が出せる。助け合いの大事さも実感した1日でした。

ほんの少しの勇気を

  • 2011/04/18(月) 20:54:04

今年のサクラは先々週末が一番の見頃でしたが、一週間経った先週末は完全に葉桜になってしまってましたね。予想以上に早く散ってしまったので、ちょっと残念。
昨日は自転車の練習で青梅、飯能方面に行きましたが、彼の地は満開をちょっと過ぎたくらいで十分に楽しめました。やはりサクラを見るとなにかウキウキします。いいですよね。
肝心の練習の方はといえば、サクラを見てる余裕があるくらいですから、ペースは当然ノンビリモード。まだまだ、故障明けのリハビリモードです。来週あたりから何とか通常モードに戻せそうかな?まあ、無理せずゆっくり戻していきます。

さて、昨今、いろいろなところから自粛ムードに対する反論、「お金を使おう。経済を回そう。」というよう意見がでていますが、私としてはこの意見には大賛成で、飲み会の企画等、率先して行うようにしています。(とはいえ無理のない、常識の範囲で、ですが)
特に東北地方のものは目につけばなるべく買う(飲む?)ようにしています。最近では、岩手のお酒、ほうれん草、といったところでしょうか。

そんな中、お手伝いしている居酒屋(注1)の店主が「お客さんから日本酒の品揃えを増やして、って言われたのですこし増やそうかと思ってる」というので、「可能なら東北のお酒を入れましょう」と提案しました。もちろん、そんなにたくさんは一気に入れられないので、品揃えの中で入れられそうなものがあれば、という前提つきです。実は、少し前に行った、別の居酒屋で東北の日本酒を集めたメニューを作り、「おすすめ」していたのをみて「いいね!」と思ったので、ここは少しでも復興のお手伝い、と思って提案したのです。しかし、予想外に店主はあまりいい顔をしませんでした。理由を聞いてみると、やはり風評を気にしているようです。すでに瓶詰めされているお酒にどんな影響があるのか?とやや腹立たしく思ったのですが、個人の感情による部分も大きいせいか、どんなに説明してもなかなか納得してもらえません。

非常に悲しい気分になったのですが、後で冷静に考えてみれば、これが普通の感覚なのかもしれませんね。特に飲食店は変な評判がたってしまえば、お店はあっという間に傾いてしまいます。そう思えば致し方ない事なのかもしれません。特に私は仙台で7年半過ごした経験から、思い入れが強すぎるのかもしれません。

しかし、今はどんな形であれ、被災地の人たちの役に立てることを極力する、という姿勢をみんなが持って当たることが重要だと思うのです。感情ではなく、冷静で理知的な判断の元に。とはいえ、感情的にどうしても踏み切れないこともあると思います。だからこそ、それを乗り越えるために少しの勇気が必要なんだ、と思いました。そう、こういうときだからこそ、ほんの少しの勇気をもって行動することが大きな成果につながるのでないか、と思っています。

やや、説教臭い話になってしまいましたが、機会をみて、何度でも東北の酒、提案してみようと思います。皆さんの回りにも、ほんの少しの勇気が出せない人がいれば、是非、声をかけてみてください。でも、ケンカにならない程度でお願いしますね。(笑)

ではまた。


(注1)以前にも書きましたが、近所のなじみの居酒屋で良く通っていたお店。
    最近、調子がよくないので、建て直しのコンサル兼アルバイト(週末のみ)
    している所です。

がんばろう!東北!

  • 2011/03/14(月) 16:41:21

たいへんな事になってますね。時間が経つにつれ、被害の状況が拡大し、ニュースを聞く度に胸が痛みます。

東北地方太平洋沖地震で被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
また、犠牲者の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
7年半仙台で過ごした私は、仙台を第二の故郷と思っています。
そんな仙台、東北があまりにもひどいことになっていて言葉を失いました。
復旧までにどれだけの時間がかかるんだろう?
まったく想像もつかなかった事態にただただ戸惑うばかりでしたが、まずは1日も早い復興をお祈りするとともに、自分でできることは何か、を考えて、実行していく事が重要と思っています。

地震発生当時、私は六本木にいました。
電車はそのうち動くだろう、とタカをくくって、比較的早く復旧すると予想した井の頭線の駅を目指して歩き始めたものの、電車は動き出す気配はなく、永福町を過ぎたあたりから、歩いて行くことを決意しました。約16キロ4時間ちょっとかかりました。疲れた。普通のジョギングできる恰好なら、1時間半もあれば十分に行ける距離ですが、革靴にスーツ、PCの入ったカバンを持った状態ではなかなか速くは歩けません。翌日、予想以上に疲れている事に愕然とし、ジョギングする気にもなれませんでした。体力が落ちたとは思いたくないので(笑)、革靴で歩くという慣れないことがどれだけ体にダメージを残すか、ということを胸に刻んでおこうと思います。

途中、歩いて帰る人を大勢見かけましたが、思ったほどの混乱にはあうこともなく、その点ではよかったかな?と思いましたが、万が一、この状況で電気も水道も止まってしまっていたら、こうはいかなかっただろうな、とも思いました。何らかの要因で早じまいしているお店もありましたが、コンビニはほぼ大丈夫だったようで、こういう「エイドステーション」(トライアスロンでの給水所ですね)が機能していると言うことが安心感を与えていたと思います。

さて、先にも書きましたが、自分で何ができるのか、を考えました。
義援金?当然やります。節電?これも当然。朝から停電計画が気になって仕方ありません。
あと、個人的な話で恐縮ですが、母校のボート部への支援も必要かな?と思っています。
いろいろな意味で私を育ててくれたボート部の合宿所は仙台空港のすぐ近くで海よりの所にあります。まだ、立ち入りできないためか、状況が確認出来ないようですが、空港があの惨状では間違いなく壊滅的な被害を受けていることと思います。この逆境を跳ね返して、今シーズン活躍してもらえれば、東北の人たちも希望を持ってもらえることでしょう。そのためのお手伝いができればと考えています。

さらに他には?と考えた時、とりあえず、エールを送る、ということも大事かな、と思いました。
そこで、ホームページと名刺に「がんばろう!東北!」と入れることにしました。今すぐ必要な支援として、義援金は役に立ちますが、本当の復興には何年というスパンの時間がかかるでしょう。息の長い支援が必要だと思います。その意味で、応援し続けるという意志を込めて、メッセージを出し続けようと思います。

これをベースにプラスアルファでできることをどんどんやっていきたいと考えてます。アイデアがまとまり次第また報告します。協力いただきたいこともあるかと思いますので、ぜひ、よろしくお願いいたします。